新生酪農株式会社 都市近郊の酪農地からからだにおいしい牛乳・乳製品をお届けします。
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生活クラブ会員の皆さん!今こそ「私たちの牛乳」を世の中にアピールしましょう。

厳しい中でも私たちの生産者はこんなに前向きです!!


「牛乳キャンペーン」や、引き続いての牛乳交流会では皆さんにずいぶんとお世話になりました。私たち牛乳工場は組合員の熱意と日々の努力によって支えられているのだなあと改めて実感しました。ただ、交流会などでは時間も限られ、お話したいことが十分に伝えられないもどかしさも感じていました。2001年5月からはいよいよ全単協びん容器に衣替えして、おいしさも更にアップしました。そこで、この機会に、交流会などで語りつくせなかった思いも含めて、もう一度生活クラブ牛乳のトータルな良さを確認してみたいと思います。
まずは、酪農生産者がいまどんな状況にいるのか、そんな中で何を考えているのかを知っていただきます。そして、皆さんが生活クラブの牛乳を飲むことで、近郊地の酪農に対して、はては日本の農業のあり方にまで、主体的に関わっているのだという事実を確認して頂きたいと思います。


〜いま、日本の酪農は転換点〜

さて、酪農は今、大きな転機を迎えていると言われます。事実、「新たな酪農・乳業対策大綱」が決定されて以来、乳業再編や指定団体の広域化、不足払い制度の改正、畜産の環境三法の制定など、これまでに無く大きな制度改革が次々と行われています。また、規模拡大の道をひた走りながら右肩上がりに伸びてきた日本の生乳生産量も、1996年からは減少に転じてしまっています。一体なぜなのでしょう。
所得の拡大と経営の自立を目指した戦後の農業基本法のもとで、酪農はそのホープとして成長してきました。でも、その成長の歩みは決して平坦なものではなく、理不尽ともいえる輸入圧力に絶えずさらされながら、過剰と不足に悩まされてきたのです。たとえば1979年から始まった生産調整の時は、多額の借金をして規模拡大したばかりの農家が、返済計画が狂い苦境に立たされました。1991年の牛肉の輸入自由化では、酪農家の大きな収入源の一つであった子牛や廃用牛の値段が暴落してしまい、酪農に見切りをつける人が急増しました。残った農家は所得の減った分を乳量で稼ぐために、それ以降、規模拡大が急速に進んでいったのです。さらにこの頃、脱脂粉乳にココアを少しだけ入れたような「偽装乳製品」の輸入が急増し、生乳の過剰に拍車をかけるということもありました。
そして、1995年のWTO発足と同時に脱脂粉乳などの乳製品も自由化され、酪農も一気に国際競争の中に放り出されることになりました。先にあげた制度改革は、そんな中で何とか生き残るための新しい枠組みを目指したものとされています。
日本の酪農というのは、戦後の50年くらいの短い間に急成長してきました。規模拡大のスピードはEUの2倍といわれます。1軒あたりの飼養頭数も1頭あたりの年間乳量もすでに世界のトップクラスに位置します。反面、急速な拡大のために負債の額は大きく生産費の低減に結びついていません。労働も過重となり深刻な後継者難にもなっています。また急速な規模拡大により各地で深刻な環境問題も引き起こしているのです。経営効率だけを追い求めるやり方はすでに限界が見えているといえるでしょう。


〜利用の減少の中で苦悩する生産者〜

では、私たちの生産者はどうでしょうか。生活クラブの再生産可能な乳価保証の政策もあり、一般よりは高い乳価になっているとはいえ、都市近郊酪農が抱える構造的な問題に苦労しているのは同じです。むしろ、ここ数年の急激な利用の減少によってさらに厳しい事態になっていると言えるかも知れません。大量の余乳が発生することによって、工場は余乳処理の損金によって赤字になり、酪農家は乳量を制限され、手取り乳価も減少しています。生活クラブでは利用減少で配達経費が回収できずに赤字になっています。まさに牛乳の再生産構造が崩壊してしまったのです。
千葉の生産組織である新生酪農クラブでは、やむなく生産調整を実施しました。組合長の伊東喜久夫さんは、そのいきさつを次のように話して下さいました。「この所の消費の減少で余乳が増え、それにつれて酪農家の手取り乳価も下がっています。こういう状況で誰かが抜け駆けして頭数を増やしたりすれば、全体に迷惑がかかるわけです。そこで、緊急措置として前年比98%の生産調整を実施しました。ただ、やってみて、やはり弊害のほうが大きいことがはっきりしてきました。これからどこの農家も糞尿処理にはお金をかけて対応しなければならなくなります。乳価の上昇が見込めない中で乳量までが制限されるというのは、やはり農家にとっては死活問題です。特に、これから組合の将来を担うはずの若い経営者や後継者の意欲を無くすことを一番心配しています。」
というわけで、酪農クラブでは2000年1月から生産調整を撤廃しました。当然、生産が増えれば余乳も増えるわけですが、「これまでのように牛乳工場にお任せでなく、自分たちでも生乳の売り先を見つけなければならないね。」と語る伊東組合長の表情は厳しいものでした。


〜厳しい中でも前向きに挑戦する生産者〜

しかし、そんな中でも生活クラブと提携する生産者は、前にもまして「どうしたら生活クラブの皆さんに自分たちの酪農をもっと支持してもらえるか」を真剣に考え始めています。そんな取り組みのいくつかを紹介しましょう。
 都市化が進む近郊地酪農では地域住民との共生が最大の課題でもあります。千葉市緑区の住宅地近くで酪農をする山田秀夫さんは、糞尿の臭いに悩まされてきました。大量の炭を牛舎にぶら下げたり木酢液を試したりと、いろいろな努力をしたそうですが、夏場はどうしてもにおいが防げなかったといいます。組合で糞尿の臭気対策を目的にしたBMWプラント建設計画の話を聞いた時、一番困っている自分がやろうとプラント建設を引き受けました。大工仕事は腕に覚えがあるということで、必要最小限の資材を購入し、使わなくなったFRPサイロを沈殿槽に利用するなどして、工事のほとんどを山田さんが自力で行いました。牛を飼いながらの作業で大変だったことでしょうが、大変すばらしいプラントに仕上がっています。
2000年4月には「生物活性水」が出来上がり、組合の中で活用され、「悪臭問題」「堆肥製造」「耕種農家への普及」などをつうじて地域循環型農業の核となることが期待されています。山田さんは「生活クラブの組合員に来てもらっても、胸を張って牛乳の良さをアピールできるようにしたいからね。」と笑顔で答えてくれました。
次に、酪農組織の取り組みを紹介しましょう。第5次牛乳政策で、生活クラブはびん牛乳を核に新しい牛乳の利用結集運動を構築していくという方針を打ち出しました。そこで、提携する酪農組織の皆さんも、「では我々にできることは何だろう」と考え、千葉と栃木の生産者が協力しながら「新しい酪農生産基準を作ろう」と動き始めたのです。
現在、プロジェクトチームを作り検討中ですが、「生乳の安全性」「健康な牛作り」「環境対策」の三つを柱に協議が進んでいます。これまでの細菌管理を中心とした乳質基準から、畜舎環境や飼養管理、糞尿対策までを含んだ総合的な生産基準を目指しています。その基準の下に牛を本当の意味で健康に飼い、持続可能な生産体系を構築することで、びん牛乳にチャレンジする生活クラブ組合員の信頼を勝ち取りたいという思いが込められています。基準づくりプロジェクトのメンバーである箒根酪農協理事の高塩久さんは、「たしかに状況は厳しいかもしれないが、酪農に理解を示してくれる生活クラブの組合員がいる限り、希望は捨てないよ」と今後にかける意気込みを語ってくれました。
食べ物というのはいうまでもなく人間が生きていくための基本です。また、食料をどうやって生産しどんなものを食べるのかというのはその国の文化でもあります。食料が純粋に商品として生産され流通することで、安全性などの様々な問題がクローズアップされています。私たちが食べるものは、できるだけ近くて信頼できる生産者に作ってもらう。そして食べ続けることで生産者をささえていく。近いから交流もでき、食べ物を通して生き方の見直しにもつながっていく。こんな関係作りを私たちの牛乳生産者も願っているのです。

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